社会現象を巻き起こした韓国ドラマ『梨泰院クラス』。その魅力は、胸のすくようなストーリー展開や個性的なキャラクターだけではありません。私が特に心を掴まれたのは、物語と完璧にシンクロし、登場人物たちの感情を代弁するかのような音楽の数々です。
このドラマのオリジナル・サウンドトラック(OST)は、単なるBGMではなく、もう一人の主人公と言えるほどの存在感を放っています。今回は、ドラマの世界観を深く、そして鮮やかに彩ったOSTの名曲たちを、主題歌であるGahoの「Start Over」からBTS Vが歌う「Sweet Night」まで、全曲網羅して徹底解説します。
『梨泰院クラス』を象徴する不屈のアンセム|Gaho「Start Over」
『梨泰院クラス』の音楽を語る上で、この曲を抜きに語ることはできません。Gahoが歌う「Start Over」は、ドラマの魂そのものを体現した楽曲です。
再起を誓う主人公の魂の叫び
この曲は、主人公パク・セロイの不屈の精神と再起への誓いを音楽で表現しています。疾走感あふれるギターサウンドから始まり、徐々に熱量を増していく構成は、セロイが困難に立ち向かい、少しずつ前進していく姿と見事に重なります。
歌詞もセロイの信念そのものです。「今の僕には勇気が必要なんだ」というフレーズは、彼の揺るぎない決意を力強く示しています。私がこの曲を聴くと、何度でも立ち上がろうとするセロイの姿が目に浮かび、自分自身も鼓舞されるような気持ちになります。
OSTの枠を超えた世界的ヒット
「Start Over」は、韓国国内の主要な音楽チャートで1位を総なめにする「オールキル」を達成しました。その人気は国境を越え、アジア各国のチャートでも首位を獲得し、公式ミュージックビデオの再生回数は1億回を突破するという驚異的な記録を打ち立てています。
この成功は、Gahoを次世代のOSTシンガーとして確固たる地位に押し上げました。さらに、2020年のMnet Asian Music Awards (MAMA)で「ベストOST賞」を受賞し、その年の韓国ドラマ音楽の頂点に輝いたのです。多くの人がこの曲を「応援歌」として受け入れ、困難な状況で自らを奮い立たせるために聴いています。
物語を彩るOSTの主要曲|V(BTS)やハ・ヒョヌの名曲たち
『梨泰院クラス』のOSTの魅力は、「Start Over」だけにとどまりません。他にも物語の深みを増す、素晴らしい楽曲が揃っています。
鋼の意志を体現するロック|ハ・ヒョヌ「Diamond」
伝説的ロックバンドGUCKKASTENのボーカル、ハ・ヒョヌが歌う「Diamond」は、セロイの鋼のように硬い意志を表現したパワフルなロックナンバーです。韓国語のタイトル「돌덩이(ドルットンイ)」は「石ころ」を意味し、まさに主人公自身の比喩となっています。
驚くべきことに、この曲の作詞には原作者のチョ・グァンジン自らが参加しています。「削られるほど 割れるほど 頑丈で強くなる石ころ」という歌詞は、逆境によってさらに強くなるセロイの哲学を完璧に捉えています。
癒やしと人間味を与えるバラード|V「Sweet Night」
世界的なスターであるBTSのVが歌う「Sweet Night」は、全編英語詞のアコースティック・バラードです。力強いロックアンセムとは対照的に、静かで心地よいメロディーが、セロイの束の間の安らぎや人間的な弱さを描き出します。
タイトルの「Sweet Night」は、セロイが経営する居酒屋「タンバム(甘い夜)」から取られています。この曲は、復讐のために戦い続けるセロイが見せる、穏やかで優しい一面を象徴する重要な一曲です。Vの甘く深い歌声が、物語に温かい癒やしをもたらします。
登場人物の感情に寄り添う多彩な楽曲たち
このOSTには、他にも登場人物たちの複雑な心情を表現する名曲が数多く収録されています。
- キム・ピル「Someday, The Boy」|セロイが抱える過去の痛みや哀愁をソウルフルに歌い上げます。
- Sondia「Our Souls at Night」|女性キャラクターの視点から、複雑な恋愛模様を繊細に描き出します。
- Crush「No Words」|言葉にならない深い感情が交錯するシーンで、登場人物たちの胸の内を代弁するR&Bトラックです。
ハードなロックと優しいバラードという対照的なジャンルの楽曲が配置されている点は、このOSTの巧みなところです。復讐に燃える戦士としての「硬さ」と、仲間を想い愛に揺れる「柔らかさ」という、セロイの多面的な人間性を見事に音楽で表現しています。
【全曲一覧】梨泰院クラスOSTボーカル曲の役割とテーマ
ここでは、『梨泰院クラス』のOSTに収録されている全ボーカル曲を一覧で紹介します。各楽曲が物語の中でどのような役割を果たしているかを理解することで、より深くドラマの世界に没入できるはずです。
OST全曲リスト|各曲の機能とテーマ解説
私が特に注目するのは、それぞれの曲が特定のキャラクターやテーマと密接に結びついている点です。以下の表で、その関連性を確認してみてください。
Part No. | 日本語タイトル | アーティスト | 物語における機能とテーマ |
Part. 1 | Still Fighting It | イ・チャンソル | 主人公パク・セロイと亡き父との絆を象徴する感動的なバラード。 |
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Part. 2 | Start Over / はじまり | Gaho | 不屈の精神と新たな始まりを象徴する、ドラマのメインテーマ。 |
Part. 3 | Diamond / 石ころ | ハ・ヒョヌ | 逆境に屈しないセロイの硬い意志を体現するパワフルなロック。 |
Part. 4 | Our Souls at Night / 私たちの夜 | Sondia | チョ・イソのセロイに対する想いの深化を表現する楽曲。 |
Part. 5 | You Make Me Back | キム・ウソン (The Rose) | セロイの復讐心と、彼を支える存在への想いが込められた力強い一曲。 |
Part. 6 | Someday, The Boy / あの時、あの少年は | キム・ピル | セロイの過去の痛みや初恋相手への複雑な感情が詰まった楽曲。 |
Part. 7 | Maybe / ただの友達なの? | Sondia | オ・スアのセロイへの長年の片想いと葛藤を歌ったバラード。 |
Part. 8 | Say | ユン・ミレ | チョ・イソのセロイへのストレートで献身的な愛を表現する曲。 |
Part. 9 | With Us | VERIVERY | 仲間との絆と連帯感をテーマにしたポジティブな楽曲。 |
Part. 10 | No Break / 直進 | The VANE | 自分の道を突き進むセロイの決意を表現した疾走感のあるロック。 |
Part. 11 | No Words / どんな言葉も | Crush | 言葉では表現しきれない深い感情を伝えるエモーショナルなR&B。 |
Part. 12 | Sweet Night | V (BTS) | セロイの店の名前を冠した、穏やかで癒やしを与えるバラード。 |
Part. 13 | Brand New Way | Damon | 「No Break」の英語バージョン。普遍的なメッセージを伝える。 |
インストゥルメンタルスコアの重要性
ボーカル曲の素晴らしさは言うまでもありませんが、劇中で流れるインストゥルメンタル曲も物語の緊張感を高める上で欠かせない要素です。「俺の計画は15年がかりだから」や「理不尽な世の中」といったタイトルの楽曲は、重要なシーンの雰囲気を決定づけ、視聴者の感情を揺さぶります。
これらの楽曲を含む完全版サウンドトラックは、ドラマ全体の音響設計がいかに緻密に計算されているかを物語っています。
まとめ|『梨泰院クラス』の音楽はもう一つの主人公
『梨泰院クラス』のオリジナル・サウンドトラックは、物語と音楽がいかに強力な相乗効果を生むかを示す完璧な実例です。Gahoの「Start Over」をはじめとする各楽曲は、単にヒットしただけでなく、物語のテーマと深く結びつき、登場人物たちの感情を増幅させる役割を果たしました。
激しいロックと優しいバラードの対比は、主人公パク・セロイの複雑な内面を見事に描き出しています。日本でリメイクされた『六本木クラス』でも主題歌がカバーされ、文化を超えてその魅力が受け継がれている事実は、このOSTが持つ力の証明です。
このサウンドトラックは、希望と再起、そして信念を貫くことの大切さを、時代を超えて響かせるメッセージとして結晶化させました。これは単なるドラマの音楽ではありません。『梨泰院クラス』そのものの響きなのです。